「山へよする」 3
この湯涌温泉(9月24日~10月15日)で過ごした3週間が、どんな時間であったのか・・・
それは歌集『山へよする』(大正8年)を読むことによって、おのずと分かることです。
「山」は、彦乃の名を隠してそう呼んだものだといいます。
さらに歌集については、夢二自身「後記」で「HEとSHEとの恋の記述」「また彼らの愛の祈り」だと書いています。
湯涌なる山ふところの小春日に眼閉ぢ死なむときみのいふなる
谷深き片山里をゆくときも妹としあれば都わすれつ
吾がためにつくるココアの匂ひより里居の朝の秋立ちにけり
ゆく秋の渓の沈黙のきはまりてしつかにも我等唇をよす
さやさやに葉ずれの音の涼しさをそがひにききて我等抱けり
さにづらふ木洩れ日のいろの紅の帯解きがてにきく山鳩の声
・・・どの歌からも、狂おしい恋愛の情熱が伝わってきます。
とくに「湯涌なる」は、ある意味で愛の究極の相を謳い上げたものです。
しかしこの「死なむ」というのは、「死にたいわ」(意志)としているのか、それとも心中(勧誘)をほのめかしたものなのでしょうか。
いずれにしろ、そこに介在するものは、愛の絶対化です。